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行っとは?/ ノーローン

[ 276] 見学に行ってきた。
[引用サイト]  http://kengaku.exblog.jp/

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あちきは、2007年3月に日経コンストラクションの取材で建設途中の渋谷駅を見てきたのだけど、その駅がどのように完成したのかを6月16日に確認してきたよ。
新しい渋谷駅は東急電鉄と、東京メトロとで半分ずつ協力して作っているのだけど、この改札は東急電鉄側の改札だよ。ちなみに安藤忠雄さんがデザインに携わっているのは東急電鉄側の部分のみ。東京メトロ側のデザインにはノンタッチだそうだ。
このエントリーの最後にも紹介するけど、この東急電鉄側の工区は「地宙船」というコンセプトで作られていて、まるで飛行船のような、宇宙船(ロケット)のような構造になっている。なのでこのエスカレーターは、まさに「地宙船に潜入」って感じですな。ちなみに、このエスカレーター部分が一番「地宙船」っぽさを感じさせるよ。
ちなみに、この写真は朝の6時半くらいに撮影したので、この吹き抜け部分で足を止める人もすくなかったんだけど、副都心線の渋谷?池袋間を何度かうろうろしてたら、この吹き抜けに黒山の人だかりができていたよ。みんな吹き抜けが好きなんだねぇ。なおこの吹き抜けは、単に見た目だけのものだけでなく、地下の空気を自然換気するための仕掛けのひとつだそうだ。
この新しい渋谷駅から代官山まで約4年かけて地下鉄のトンネルを掘り、東急東横線横浜高速鉄道みなとみらい線 元町・中華街駅まで直通運転をするそうだ。
現在、この新しい渋谷駅からは、東武鉄道東上本線の森林公園行きや西武鉄道池袋線の飯能行きの電車が出ていた。
ってことはつまり、最終的には北は東武鉄道東上本線の森林公園から、南は元町・中華街駅まで直通電車もでるんじゃないかな?ちゃんと調べてないけど。
これが東急電鉄の工区模型。これはあくまで模型であって、実際はこんなに包まれている感じはないよ。人の出入り口は切り開かれているし、ひとつ上の写真を見てもらうとわかる通り、腹の部分も電車が通る関係で切り開かれているからね。
とはいえ、地中にこういう飛行船のような物を作ってしまう発想はすごいと思う。副都心線の他の駅と比べても、渋谷駅はあきらかに異質(東急電鉄さんが半分施工しているからなんだけど)で、立ち止まって見る価値の駅だと思ったよ。
2012年にはこの新しい渋谷駅に東急東横線が乗り入れて、その頃には東急文化会館跡に商業施設ができ、それに伴い渋谷駅周辺は再開発されるそうだ。これから4年、渋谷駅周辺では地上、地下、民間、公共を問わずいろいろな工事が行われるだろう。
このブログを見ているような人にとっては、今後4年間が、渋谷がこれまで以上にワクワクする場所になるかもしれないね。
もうかれこれ2ヶ月前のことなんだけどね。写真集「見学に行ってきた。」を印刷する際に、著者特権として印刷工場内に入れてもらったよ。
印刷工場はその性質上「大人の見学」はやっていないらしい(詳しく確認していないけど)。というのも、例えば週刊誌のスクープ記事を印刷している時に、見学者がそれを見て発売前に外に漏らしてしまっては大問題に発展するから。ましてや工場内での撮影なんてもっての他らしいのだけど、「自分の本ならいいよ」ってことで撮影させてもらいました。
166rpmという文字は回転数。1分間に166枚の紙を刷るってことだよ。早すぎるとインクのノリが悪かったり、反対に遅すぎるとインクがべったり付いてしまったり(そのせいで裏写りしたり、他のページにインクがついてしまうこともあるそうだ)、本によって最適な回転数があって、それを調節するのが職人技ってわけだ。
家庭用プリンターなんかでは、いつ刷っても同じ色が出てくるけど、印刷用の印刷機では、前述のように回転数だけでもイメージが変わることもある。
紙の下にイコライザーのようなものが写っているけど、これがインクをどれだけ乗せるかの調整目盛りなのだ。
カラーの印刷物というのは通常、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4色(CMYKという)に分けられて、それぞれ1色ずつ「版」を作り、1色ずつ紙に色を乗せていく。色の濃さは点(網点と呼ばれる)で表現されていて、点の多い所は色が濃くなり、点のない所は紙の色が出る。だから、版自体にすでに色の濃度は設定されているのだけど、実際にはその日の湿度や気温、使用しているインク、紙の色や質などによって、印刷される色は変わってくる。それをオペレーターさんが目で判断して、3cmラインくらいでシアン、マゼンタ、イエロー、ブラック全ての色の量を調整しているのだ。
例えば今回のB2なら、24ラインのCMYK4色の設定だから、96項目のインク量を調整するわけだ。基本的には版通りに印刷すればある程度色は再現されるはずなので、全ての項目を毎回変えることはないだろうけど、刷り上がった物を見て“感覚的に”色が弱ければインク量を増やし、色が強ければインクを減らすという作業が必ずある。この色の最適化を何回で完成させるかがオペレーターさんの技術にかかっているわけだ。
一度設定を変えると、インク量が安定するまでに100枚とかの試し紙が必要になる。つまり設定変更はインクも紙も時間も無駄になるのでコストはかかるし、当然エコではない。設定変更は少なければ少ないほどいいのです。
昨今工場はオートメーション化するところが多く、作業員の仕事は機械の監視役ってところが増えてきたけど、印刷工場はいい職人さんを抱えてなんぼの世界なのだ。
通常のオフセット印刷では、版を出す際に175線というきめ細やかさで出力することが多いのだけど、今回のプリンティングディレクターを務めてくださった、十文字義美さんと、都甲美博さんが「せっかく奇麗な写真なので300線でいきましょう!」と、普通の1.7倍も細かい版を作ってくださいました。おかげで仕上がったプリントは網点が見えないのです。
朝から始めた印刷立ち会いも、片面8枚が刷り上がる頃にはすっかり夜になっていたよ。両面でみっちり2日。1枚刷るのに平均4回くらいは刷り直ししたかな。。。
PPには光沢のあるビニールと、つや消しのマットビニールがあって、どちらの加工にするか非常に悩んだのだけど、本の内容がどちらかというと派手なので、表紙はマットにして落ち着いた高級感を出そうということになりました。
といった具合に、著者としてはあちきの名前が出ているけど、「本」という形になるまでには多くの人が関わってくださっているわけです。
本という形になった後も、書店に並ぶまでには、流通の方や、問屋さん、店員さんとか多くの人が関わっていて、あちきは生涯一度も会う事のない人たちも多い。
あと忘れちゃならないのが、写真を撮らせてくださった方、写真の被写体になった物を作ってくださった方、残してくださった方たちがいて、初めてこの写真集はできあがっています。もう自分でも想像もつかないくらい多くの人が、この本の後ろにいるわけです。
そいう方たちがいて、この本が、本を買ってくださる方たちの元に届いているかと思うと、「本」というのは改めてすごいと思う。というか、考えてみたらビックリした。
なので、本を買ってくださった方はもちろんのこと、この本に少しでも関わってくださった方々全ての方に「ありがとう」なのです。
と、印刷工場の見学レポートを書いていたらやたら大きな所にたどり着いちゃった、そんな全方位感謝な「見学に行ってきた。」。
書店が近くにないという方はこちらに収録している写真のサンプルがありますので、是非ご覧になってください。
なんでも、倉田さんが作っている高炉のモニュメントが、もう少しで工房内での作業が終了して外に運び出してしまうってんで、「こりゃ大変」と行ってきたわけです。
これは高炉に付いているパイプ。元々はピカピカな鉄だけど、メローイエローのようなケミカルちゃんを塗って錆びさせるらしい。
これがケミカルちゃんを塗ってしばらく経ったもの。高炉はやっぱりサビサビがカッコいい。雨風に吹かれ錆びてなお、何十年と鉄を生み出す高炉はカッコいいのです。
でんっと置かれた筒状のオブジェ。ケミカルちゃん塗布前ですな。これを組み合わせて炉の中心部分を作るのだろう。うしろのオブジェはどことなく鉄の処女を思わせる。
これは実際に高炉で使われていた部品。本当はもっと実際に使われていた部品をモニュメントに使いたかったそうなのだけど、高炉はなにぶん巨大なので、持って来れる部品がこれくらいしかなかったとのこと。ちなみにこれが何かはわからないらしい。
8月の製鉄所見学会には間に合わないけど、毎年10月くらいに行われる「JFEちばまつり」には間に合いそうだ。今から完成が楽しみ!
と、せっかく倉田さんの工房に行ったのだから、スコープドッグとか、チョップマシーンとかの写真も撮ってきたよ。
実は、訳あってまた鋼鉄アーティストの倉田光吾郎さんの工房に遊びに行ったら(倉田さんの工房レポートはこちら)、開田あやさんの親戚でありポインターを自前で作ってしまったSさんが、そのポインターに乗って遊びに来ていたのだ。
ちなみに改造している部分はきちんと金属で作っているそうで、この車の重さは2トン近くになるとのこと。おいらクルマのことは詳しくないので、大衆車の代名詞「カローラ」の重さを調べてみたら1トンくらいだった。
Sさんいわく、ポインターは工業デザイナーがデザインしたクルマではなく、成田亨さんという彫刻家がデザインしたクルマとのこと。つまりポインターはアーティストの作品なのだ。
ちあみにSさんは、ポインターの模型から図面を起こしてベースのクルマを改造したそうだ(車検は問題なく通っているそうです)。改造費は1000万円を超えてから気にしないようにしているとのこと。壮絶凄すぎる、、、
Sさんの話では、平成になってから大幅に修理をしたことで、きちんと走るようになったそう。そしてSさんは「ここまできたらポインターをいつまでも動く状態にしておくのが義務のようなものですね」と語ってくれたよ。
Sさんがいる限りポインターはいつまでも日本を走り続けるだろう。また街でばったりポインターに会う日が楽しみだ。

 

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